「サルチャク・ギルミッタイ」の正体
ハーツ・オブ・アイアン2をプレイしたことがある人なら、「サルチャク・ギルミッタイ」という名を覚えているあるかもしれません。彼はこのゲーム内の「タンヌ・トゥヴァ」の国家元首として登場します。英語では「Salchak Gyrmittai」です。ギルミッタイという風変わりな名前と、なぜか他の閣僚とは異なって画像が荒いことで記憶に残っている人も多いことでしょう。しかしながら、「ギルミッタイ」なる人物の情報はどこにも見当たりません。
「サルチャク」という名前は、タンヌ・トゥヴァ(トゥヴァ人民共和国)の指導政党であるトゥヴァ人民革命党の第一書記、サルチャク・トカと同一です。しかし、彼のフルネームはサルチャク・カルカコレコヴィッチ・トカ(Салчак Калбакхорекович Тока)であり、ギルミッタイの文字は入っていません。どういうことでしょうか。
「ギルミッタイ」の画像は、タンヌ・トゥヴァが発行した切手から取られています。この切手の人物はサット・チュルミット=ダジー・サニ=シリ・オグル(Сат Чурмит-Тажы Саны-Шири-оглу, Churmit Dazhy)という人物です。彼はタンヌ・トゥヴァの外務大臣を務めましたが、チベット仏教の僧侶であったことからトカ第一書記によって反革命・トロツキストであるとの嫌疑がかけられて処刑されました(9人事件)。
そのチュルミット=ダジーが描かれた切手は、彼が失脚する前の1936年に発行されたものです。切手をよく見てみると、何か文字列が描いているのがわかります。
GYRMITTAƶI
チュルミット=ダジーをラテン文字で綴るとCyrmet-Таƶьになります。タンヌ・トゥヴァではまだモンゴル文字からキリル文字への転換が始まって数年しかたっていませんでしたから、ラテン文字変換も確立されていなかったのかもしれません。あるいは、当時トゥヴァの切手はモスクワで印刷されていたという話がありますから、デザイン担当者のミスかもしれません*1。ハイフンが抜けていますから、これをそのまま読んでGyrmittaiになったのでしょう。ƶは環境によっては表示できない文字ですから、ゲームの製作作業中にどこかで欠落してもおかしくありません。
ではなぜ「サルチャク」と付いてるのでしょうか。トカ第一書記は1925年から1929年までモスクワの東方勤労者共産大学(クートベ)に留学しており、表舞台に出てくるのはそれ以降です。そのため、トカ第一書記は切手の図柄にはなっていないようです(少なくともインターネット上では見当たりません)。他方、チュルミット=ダジーは人民共和国草創期から人民革命党の中枢にあり、農業分野で功績をあげて勲章を授与されています。そのために切手の図柄にもなったのでしょう。
切手になっているからたぶん最高指導者だろう。下にギルミッタイと書いてあるからこれが姓だな。でも、最高指導者の名前は「サルチャク」になっているから、きっとサルチャク・ギルミッタイという人なんじゃないか。
ハーツ・オブ・アイアンの製作スタッフの人たちは、そういう風に推測したんじゃないでしょうか。
画像の出典
File:Salchak Toka.jpg - Wikimedia Commons by Agilight [CC BY-SA (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)]
File:Tuva stamp1936 Tazi.jpg - Wikimedia Commons [Public domain]
*1:例えば、トゥヴァには飛行場もなく鉄道も通っていないのに、切手に飛行船や鉄道が描かれていたことがあります。